あの頃の、僕へ。
【幼なじみ―小さな恋―】
―また、あの季節がやってくる。
「バレンタインだね、キラ。」
「へっ?あ、ああうん。そうだね。」
普段は自分からそんな話しないのに。
キラはそう思いながら、隣で歩く彼女を見た。
毎年ラクスにはそういった類の行事はいつもしてもらっているので、今まるで確認するかのようにつぶやいた彼女が不思議だった。
幼馴染みのキラとラクスは、学校では知らない者はいないくらい有名である。
中学になっても男女で一緒にいるのは恥ずかしいと思うのが普通だが、キラはそうではなかった。
その証拠に、今こうして学校への道のりを共にしているのがラクス―幼馴染みであり、キラはそれが当たり前だと思っている。
キラは普段から男子にも女子にも人気があり、その輪の中心にいるのが彼だった。
人懐こくて、無邪気で、幼さの残る綺麗な容姿に、誰もが彼を慕っている。
ラクスはというと、年の割に落ち着いていて柔らかそうな雰囲気が、より彼女の存在を際立たせている。
横を通り過ぎると、ふわっとほのかに香る甘い匂いに、道行く人は振り返る。
「弟みたい・・・」
「え、何?」
ふと、ラクスがつぶやいた。
―やっぱり、今日、ラクス変。どうしちゃったんだろう…
「ううん、この間ミリアリアがそう言ってたのを聞いたの。」
「僕のこと?」
「はい。」
「ふうん・・・」
ガラガラッ
教室のドアを開けると、いつもの見慣れたクラスのメンバーが、既に到着している。
キラとラクスは教室は違うものの、位置しているのが近くなので、朝はこうしてキラがついていく。
「それじゃ、帰り。迎えに―」
「キラ、ごめんなさい。今日はちょっと・・」
言おうとしたところで、彼女が遮る。
―いつもは最後まで僕の話、聞くのに…。
―変な、ラクス。
「分かった。先、帰るね。」
「はい。」
ピシャン。
扉がしまって、クラスのざわつきが聞こえなくなった。
すぐにラクスの側に友達が寄っていって、何か話をしている。
口に手をあてて笑うラクス。
あの、穏やかで周りを包み込む雰囲気はラクスにしか出せないものなのだろう。
そんなラクスを、キラはとても好きだった。
だけどそれはキラにとってはごくありふれた“好き”で。
例えば道ばたにひっそり咲く小さくて綺麗な花を見つけた時のそれと似ていたり。
例えば夕暮れに犬を連れて歩く少女を見かけた時だったり。
そういうものが、キラはとても好きだと思ったし、それ以上に愛おしいと思っていた。
―よかった。いつもと一緒だ。
しばらく廊下で立っていたキラは、すぐに自分の教室へ入っていった。
「ラクス、ごめん!遅くなっちゃ―」
ガラッ
勢いよく開けたドアに、まだ教室に数名残っていた者が驚いて振り返る。
「なんだ、キラか。ラクスならもう帰ってるよ。」
誰ともなく声をかけられて、キラは生返事をした。
―あ、そういえば今日は先に帰るって…
朝、言ってたのに。
一人顔を赤らめて、キラは静かに扉を閉めた。
「あれ、キラ。どうしたの。そんなとこに突っ立って。」
「あ・・アスラン。」
よく知る声に、キラは振り向いた。
少しの沈黙の後、キラは話しかける。
「今帰り?一緒に帰らない?」
「いいけど・・・ラクスは?」
「いいんだ、今日は。ね、帰ろう。」
無理矢理アスランの腕を引っ張るかたちで、キラは階段を降りる。
トン、トン、トン…
二人分の足音が、廊下に反響する。
「なんでいつもラクスと一緒に帰るんだ?」
ふいに、アスランが尋ねた。
「なんでって聞かれても・・幼馴染みだし?・・・分かんない。」
物心ついた頃からいつも一緒だったし。
それとも、これが普通じゃないの?
言いかけて、キラはやめた。
「キラ、すっごい噂になってるの、知らないだろ。」
「へ、噂になってるの?僕が?どうして?」
驚くアスランがなぜだか分からない。
なんだか、あきれているようにも見えた。
「そりゃ、登下校一緒にしているなんて、付き合ってるとしか言いようないじゃないか・・・」
「付き合うって、誰と誰が?」
「・・キラそれ、本気で言ってるの?」
「訳分かんないよ!ちゃんと口で言ってくれなきゃ!ラクスだって今日・・」
「今日?」
「・・なんか、様子、おかしかったし・・・・」
「へぇ。」
「僕、何かしたかなぁ?」
「キラさぁ。」
「何?」
「ラクスって・・」
「何?!まだ言ってないの?」
急に、甲高い少女の声が聞こえた。
姿は見えない。
この階段のずっと下の方で、その会話はされているようだった。
「だって・・」
―この声。
「だって・・じゃないじゃない!あんた達何年一緒にいたのよ?」
「え・・?えと、10・・・」
―ラクス。
「そんなこと聞いてない!」
「ミリアリアとラクス・・何やってるんだ?あいつら。」
姿は見えなくても、声でアスランも分かったらしい。
人気のない廊下は、声が反響してよく響く。
放課後だと、なおさらだ。
この階段の下に彼女らがいるのかと思うと、なぜだかキラは背中にひんやりした感触を感じた。
「キラ?どうしたの?」
アスランが振り向く。
身体が緊張しているのを、なんとなく感じた。
「どうして今日一緒に帰らなかったの?キラと何かあった?」
自分の名前が出されて、キラはぎくりとした。
「違うの・・・」
「じゃ、何?」
ミリアリアの声色が、少し苛立っている。
「何かあったのは私の方・・・・・」
弱々しく聞こえるラクスの声
「キラと一緒にいると、私じゃないみたいで。」
「それって・・・」
「キラ!!」
瞬間、キラは走り出していた。
来た道を引き返して、声の聞こえないところまで。
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「キラ!!」
それでも、必死で。
『キラと・・・』
どうして。
昨日まで、あんなに笑いかけてくれたのに。
側にいたのに。
僕とは、もう・・・一緒にいたくないの・・・?
『キラと一緒にいると・・』
彼女の言葉が繰り返される。
頭の中で。
何度も、何度も。
気付くと、キラは屋上にいた。
フェンスの向こうに、夕焼け色に染められた雲が浮かんでいる。
こんなに悲しいのに。
フェンスの側に、夕日に照らされて光る、小さな赤い花が目に入った。
キラはそれにゆっくり近づく。
いつか見た花に似ていた。
『見て、キラ。すごく綺麗。』
キラはその赤い花を掴むと、引き抜き、握りしめた。
そっと手をほどくと、風が吹いて、花はフェンスの向こうへ飛んでいった。
よかった。
もう、大丈夫。
涙は、出ない。
それから、彼女の口調が変わったのは、もう少し後。
自分の気持ちに気付いたのは・・・・もっとずっと後。
【fin.】
幼なじみ中学編!
ずっと書きたくて、でも時間なくて…今日やっと書き終えることができましたw
ラクスがキラを意識し始めて。
キラがまだ素直で、黒くなくて、純粋だった。(ぉぃ笑)
そんな頃の二人を書けてたら…いいな。。
遅くなりました雪緒様!!(>_<)
そしてキリリクありがとうございました!!!
この『小さな恋』を雪緒様に捧げますww
よかったらもらってやって下さい。どうぞ煮るなり焼くなり(笑)