あんたはどこまで、鈍いんだ。
【幼なじみ。―シン―】
「お腹減ったぁ〜」
授業が終わり昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴ると、教室は瞬く間に騒がしくなる。
机を移動する者、教室から出て行く者。
みんなそれぞれの場所へ行き、親しい者と共に過ごす、楽しい時間。
「なぁに。シンってば、まぁたアスハ先輩のとこ行くつもりー?」
「えっあぁ、うん。」
授業が終わる前からそわそわして落ち着かないシンを見て、ルナマリアは思わずため息をおとした。
今まさに、いつもの場所へ行こうと席を立ったところだった。
「よくやるわね〜毎日毎日。懲りない奴ぅ〜」
「なんだよ、ルナ。俺急いでんだけど。」
「よっぽど好きなのね〜うんうん。青春、て感じ。」
そう言ってルナマリアは防御態勢のように身を構えたが、
予想に反して俺がすぐに言い返さないからか、怪訝な顔つきをした。
「やっぱり・・・そうだよな。」 「はい?」
「やっぱ、分かるよな。」 「何が?」
ほら、周りにもこんなすぐ気づかれるくらいなのに。
なんであの人はあんなにも鈍感なんだ。
「・・何でもねーよ!」
「ちょっと・・シン!」
ピシャンッと扉を閉めて、俺はダッシュで廊下を走っていった。
今日はあの人、教室にいるかな。
急いで階段を駆け上り、踊り場を通り過ぎようとしたちょうどその時。
視界によく知る人物を捉えて慌てて俺は立ち止まった。
「ラクスさん!」
「あら、シン。お久しぶりですわ。」
ラクス・クライン。
彼女はその容姿と備え持つ可愛さから『ピンクのお姫様』と呼ばれるくらいこの学校じゃ有名だ。
それをよく表す特徴的な桃色の髪は、遠くにいてもすぐに彼女だと判る。
「相変わらずふわふわしてますね〜」
「何ですか、それ。」
ふふ、と口に手をあてて笑う姿は、まさに天使。
「シンはどちらへ向かうところですの?」
くりっとした両目をこちらに向けて、首を少し傾けて尋ねてくる。
・・・この人、天然だよな。絶対。
いや前から知ってたけど。
「ラクスさんこそ珍しいですね。めったに教室から出ないのに。何かあったんですか?あっもしかして彼氏のところへ行く途中とか。」
一方的に話しかけると、彼女は顔を赤らめながら両手をぶんぶん振って否定する。
「か彼氏なんていませんっ」
「あ、じゃぁキラって人のとこ?ラクスさん達幼馴染みなんだっけ。仲良いもんね。」
かぁぁぁぁ
それは音がしそうなくらいで、彼女は俯いて黙り込んでしまった。
別に『仲良いよね』って言っただけのに、
もしかして。
っていうか
もしかしないでも
ラクスさんってキラ・ヤマトのこと・・・・・・
「先輩、今好きな人います?」
「えっ」 「キラ・ヤマトでしょ。違う?」
だったらとても嬉しい。
不謹慎にもそう思う。
だって、俺にもまだまだ望みはあるって事で。
彼女は、なんでこんな話になったのだろうと困った顔をしながら、
しかし俺の言葉に否定はせず、ただじっとこちらを見つめていた。
「っ大丈夫ですよ!俺、誰にも言いませんから。安心してください。」 「本当ですかっ?!」
両手を合わせてほっとする表情を見せる彼女に、思わず彼女をぎゅっと抱きしめてあげたい衝動に駆られる。
・・・これじゃぁモテるはずだよ。さすが『ピンクのお姫様』。
その後も俺達はしばらく話をして、別れた。
俺の行き先を知った彼女は、あの人のいる場所を教えてくれた。
忘れかけていた(いやそんなつもりは断じてない)事を思い出し、俺は再び走り出した。
頭に浮かぶのは君の笑う顔だけ。
早く会って、話がしたい。
学校の目立たないところに位置している生徒会室は、どこか異彩名空気を放っている。
息を切らしながら、その扉の向こうにいるであろう人物を想像して、ゆっくりとノックをした。
「何だ?」
少し男っぽい口調は、捜していたそのもので、嬉しくなる。
「失礼します。」
「なんだ、シンか。」
何度か彼女に連れられて入った生徒会室。
彼女はその中で一人、パソコンを相手に何やら難しそうな書類を手にして座っていた。
「ごめん。今ちょっと忙しいから、相手してやれない。」
眈々と告げるその表情を見ると、彼女が相当疲れているのだと分かった。
仕方ないので、大人しく彼女の前の席に腰を下ろす。
それに気づいた彼女は、小さく微笑んで、また手元の紙切れに目を落とした。
暇すぎて顔を伏せて寝たふりなんかをしていたが、それも飽きてきて、顔を少し上げて彼女を盗み見た。
―綺麗な、髪・・・・
窓はカーテンで遮られている為外の様子は分からないが、
そのカーテンの隙間から洩れた光が、目の前にいる彼女の髪を照らす。
俺の一番好きな色。
「あ〜ぁつっかれたぁ!」
数十分後、ようやく終わったのかカガリは大きく伸びをした。
「シン?」
呼んでも反応のない彼に少し不安になったが、すぐに寝ているのだと気付いた。
「シン!!」 「ぅわっ」
耳元で大声で名前を叫ばれたので、勢いよく起きあがる。
「って俺、寝ちゃってたんだ・・・・・あ、先輩終わりました?」
「あぁ、おかげさまで。」
「そんなの会長にやらせておけばいいのに・・・」
「こういう事もしなきゃなんないのが、副会長の仕事。」
副会長。
いつも側にいるとたまに忘れるが、先輩は学校でもよほど優秀でないと属することの出来ない、選りすぐりの生徒会メンバーの一員だ。
そしてその中でも特に秀でた者が、生徒会長になる。
先輩は自分から好んで副会長になった事も俺はよく知っている。
確かに彼女には、『支える立場』の方が合っているのかもしれない。
「ふぅ〜ん・・・あ、そうだ。今度遊びに行きません?」
「いつ?」
「来週の土曜あたりでも。だめですか?」
先輩は少し考える仕草をした後、顎に手をついたまま答えた。
「来週かぁ・・・・・・来週は、キラとラクスと遊びに行く予定があったな、確か。ごめん。」
『キラ』 。
彼女の口からその言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが音を立てて壊れた。
「なんで・・・」 「へ?」
先輩達そんな仲良かったんだ?
いつもみたいに普通に問いかけたい。だけど、出来ない。
そうすると、確実に自分でも止められない感情が爆発すると思ったから。
自分でも、ひどく嫉妬していると。
あんたはそうやってこの人の心を奪っていくんだ。
いつもいつもいつも・・・っ!
「・・・先輩、いいこと教えてあげましょうか。」 「えっ、何。」
笑顔で聞き返す先輩。・・・可愛い。
だけど。
「先輩、ラクスさんとキラ・ヤマトって両思いだって事・・知ってました?」
嘘だ。本当は、そんなの俺は知らない。
だけど、これであなたが分かってくれるなら、それでいい。
「だから先輩、いくらキラって人の事どんだけ想ってても・・・絶対叶わない。」
今、俺はどれだけ酷い人間なんだろう。
先輩を見ても、その答えは分からない。
ひどく落ち着いてるようにも思える。
「あぁ、知ってるよ。」 「えっ・・・・・」
思いも寄らない言葉に、俺の方が信じられない思いで先輩を見つめた。
そんな。
それじゃ、俺は・・・・・―
――俺だって、君が好きなのに
ガタンッ
そこからはよく覚えていなかった。
椅子の倒れる音がした。
先輩の不安そうな眼が見えた。
視線が、いつもより近くにあった。
唇に、柔らかい感触が伝わった ・ ・ ・
どんっ。
身体を強く押された為少し後ずさりして、たった今自分のした事に気付く。
先輩は何も言わず、そのまま勢いよく生徒会室から飛び出していった。
―俺、なんてこと、しちゃったんだろ・・・
カタン。
その時。
扉の方から音がして振り向くと、誰かと視線がぶつかった。
先輩・・・?
見ると、明らかに髪の色が違うことに気付いて、その誰かが走り出そうとした瞬間、慌てて俺も追いかける。
まさか。
見られた・・・?!
遠くで、チャイムの鳴る音が聞こえた。