これが『恋する』ってこと?ちょっと違うか。
【幼なじみ。―メイリン―】
今、私は走ってる。
正確には逃げてる、かな。
「このっ…おい!」
後ろから声がする。
だけどこっちも必死だから絶対振り向かない。
だってまさか追いかけてくるなんて。
私、何も悪いことしてないよね?
「お前っ…待てよっこら!」
ぐん。
「きゃぁ!!」
急に後ろから腕をつかまれたメイリンは、突然の痛さに思わず悲鳴を上げる。
先ほどからメイリンを追いかけてついに彼女を捕まえたシンは、そのまま彼女を壁におしつけた。
「いいか?!絶対誰にも言うなよ!!」
だんっ。
廊下に響き渡る鈍い音。
壁に両手を叩きつけて、その男の腕の間にメイリンが埋もれている。
まさに至近距離。顔を少し上げると、そこに彼がいる。
怒ってるけど困った顔。
ものすごく私を睨んでいるくせに、目が不安の色を隠せてない。
「お前、メイリンだろ。アスラン・ザラの妹。」
息がすこし荒い。
恐怖の方が圧倒的に勝っているはずなのに、メイリンはなぜか恥ずかしい気分がした。
「な、なんのことですか…」
「とぼけるな!」
どうしよう。この人、ほんとに怖い。
瞬間、メイリンは咄嗟に空中を指さして声を張り上げる。
「あ、ああーーーー!」「?!」
シンは驚いて、メイリンが指した方向を振り返る。
どんっ。
隙のできたシンに思い切り体をぶつけると、案の定彼はバランスをくずす。
メイリンが逃げ出したのと、シンが床に尻餅をつくのは、ほぼ同時だった。
「どうしよ、俺…」
その場を去る瞬間、彼がつぶやいたのは気のせいだと思った。
「ねぇお兄ちゃん?」「ん〜?」
その後。
メイリンはその日は何事もなく放課後を迎え、無事家まで辿り着いた。
帰ろうとしたら彼が校門に立っている姿が見えたので、裏門から帰ったのだ。
そうして現在に至る。
「シンって知ってるでしょ?」
メイリンが帰る前からパソコンの前にずっといる兄に向かって呼びかける。
「シン…?どっかで聞いたことあるような…」
目が疲れたのか、彼はかけていた眼鏡を取り外し目頭をおさえながら答える。
綺麗な翡翠の瞳がメイリンに向けられた。
「今日、副会長さんとキスしてるとこ見ちゃった。」
その単語を聞いた瞬間、彼は怪訝そうな顔つきに変わる。
そして、思い出したようにメイリンに話した。
「あぁシン・アスカね…カガリによくつきまとってる奴。何?あいつら付き合ってたのか?」
「ううん、なんか違うっぽかった。すっごい形相で追いかけてきたもん。」
私、すっごく怖かったんだから。
そう付け足すメイリンは、本当に恐ろしい思いをしたかのように大げさに体を震わしている。
「えっ、カガリが?」「違うよ、シンの方だよ。」
「でね、お兄ちゃんに調べてほしいことがあるのっ!」
身を乗り出していきいきしたメイリンを見て、彼は苦笑いをする。
また、始まった。
アスランはやれやれといった様子で、メイリンに言った。
「もしかしてお前、そのシンって子に惚れたのか…?」
「よく分かったねぇ!さっすが生徒会長っ♪」「いやそれ関係ないだろ…」
「カガリさんに、シンのことどう思ってるのか聞いてほしいのっ」
どうやらメイリンは、本気でシンに恋をしてしまったらしい。
「いいけど…何で?」
「だってカガリさんがシンのこと何とも思ってないって分かったら、私にも脈あるでしょ?」
「シンって奴怖いんじゃなかったのか…?」
妹の一目惚れの回数といったら、数えただけで気が遠くなりそうだ。
それぐらい彼女は惚れやすい性格なのである。
「でも、かっこよかったんだもん!」
大抵が、こんな理由である。
「分かった。いいよ。それに俺もちょっと気になることがあるしね…」
「やた!・・・でも、気になることって?」
「この間マユが話してくれた噂。その内容がちょっと気になってるんだ。」
その名前を聞いた瞬間、メイリンは茶色い髪を風になびかせて歩くかわいらしい彼女の姿を想像した。
「その子って今付き合ってる彼女だよね。」
マユ。
マユ・アスカ。シン・アスカの妹。
アスランが自分の彼女のお兄さんの名前を聞いてもすぐ反応できなかったのは、よほど疲れていたのだろう。
メイリンはなんとなく思った。
「まぁ…なんか色々おもしろいことになってるらしいから、それもついでに調べておこうかと。」
「あぁ〜だからさっきからパソコンばっかいじってたのね。」
「結構情報集まってきたぞ。」
「そんなだからお兄ちゃん・・・はぁ。」
「何だ?」
「・・・何でもない。頼りにしてます。」「??」
―彼女できても、すぐ別れちゃうんだよ。
私だったら、自分のこと調べ尽くされて付き合う彼氏なんて、絶対やだもん。
そんなメイリンの思いとは裏腹に、アスランは再び視線をパソコンの前に戻した。