『アスランは知らなかったのですね。キラの・・・・家族の事。』

『え?』

『キラには妹がいるのです―――キラに、よく似た。』










【幼なじみ。―アスラン2―】








さっきからもうずっと、こうして立っている。

下校していく足音と、部活をする生徒の声。そして、風に乗って聞こえる、葉と葉が擦れ合う音。

それらが混ざり合って、この教室に届いていた。

どれくらい経っただろうか、目の前にいる彼は俯いているだけで、何も話さない。


言いたくないなら、こっちから言ってやる。


「マユは、お前「妹。」


声が重なった。

まるで先に言われるのが嫌とでも言うように、キラは早口にそう言う。

「妹だよ。僕の、双子の。」

大袈裟にため息をついて、自嘲気味に彼はつぶやいた。

「双子?」

あまり聞き慣れないその単語に、アスランは顔をしかめ確かめるように繰り返し聞いた。

「そう。」


それから、長い長い沈黙。

アスランは何も言えず、キラは何も言わなかった。



しばらくして、チャイムの音がした。

それを合図に、キラはくるりと向きを変えた。


「もう、いいでしょ。」


アスランはなおも何も言えずに、去っていくキラの背中を、ただ見つめていた。


「キラ・・・」


アスランはゆっくり椅子の背もたれに手をつき、そのまま気が抜けたように椅子に座り込んだ。


知らなかった。あの日、ラクスから聞くまで。




双子。キラとマユが。

確かに、少し似ていると思ったことは何回かある。

薄い色素、光に当たる時の少し赤みがかった茶色い髪。

言われてみれば素振りも、なんとなく似通ったところがあるような気がしてくる。


冗談だと思った。キラのいつもの、くだらない冗談。

だけど彼はいつになく真剣な表情で、いつもの彼ではなかった。


双子。


もう一度、アスランは繰り返す。小さく。

キラはそう言った。ラクスも。

彼がここに来る前、ラクスがアスランに言った事と、今キラが話した事は一致していた。

二人してからかわれているとも思ったが、そんな事をして楽しむような彼らじゃないし、

それにそういった事でじゃれ合っているキラとラクスを、もう何年も見ていない気がした。

それでも、先ほどの会話を頭の中で反芻して、やはり矛盾があるのに気づく。


おかしいよ、キラ。


アスランはもうここにはいない相手に向かって心の中でつぶやく。

キラとマユは双子だと言った。

もし、もしそれが本当で、彼らが血の繋がった兄妹なら。

『一人じゃなかったから今まで別になんとも思わなかったけど・・・』

昔、キラがアスランに言った事。

なんで今更こんな事を思い出すのだろう。

彼は『一人じゃない』と言った。その時アスランは彼の父を指しているのだと思った。

めったな事では帰ってこない彼の父親。それは、母親が亡くなった後も変わらなかったという。

だけど。

もしもそれが、彼を『一人じゃない』と思わせるその誰かが、いつも彼の側にいた者を指していたのなら。

そして

それが、双子の妹だったら。


おかしいよ。


アスランは何度も呼びかける。






だって俺達とマユは学年が違うじゃないか。あの子は2歳も年下だ。





彼は、まだ何かを隠してる。






なにげなく視線を窓に移すと、淡い桃色の髪が風に乗って揺れているのに気づいた。


―ラクス。


「はい?」

高いトーンの声。アスランは、ぎくりとしてしまう。

どうやら、心の中で思った事を口に出してしまったらしい。

驚いて見ると、心配そうに彼女がこちらを見つめて立っていた。



「ラクス・・・」














***




「アスラン!」

「おはよう、マユ。」


次の日。

アスランは朝の学校までの道のりを、マユと一緒に歩いていた。


「珍しいね。」

「え?」

「だって普段はアスラン、学校で一緒にいたりするの、嫌がるじゃない?」

「そんなことないよ。」

「そんな事あるよぉ。」

「ないない。」


あはは


マユが笑う。

こんなとりとめのない事で笑う彼女が、アスランの気持ちを軽くさせる。


「でも、この間お弁当一緒に食べようって言ったら『嫌』って言った。」

むきになるマユが可愛くて、ずっとこのやり取りをしていたい気持ちにもなったが、とりあえず用件を先に伝えることにした。

「これ。」


差し出した手の中には昨日キラが持ってきた生徒手帳。

マユは一瞬不思議そうにアスランの手を見つめていたが、急に思い立ったように「あぁ」とつぶやいた。


「再発行しなきゃって思ってたんだよね。どこにあったの?」

「友達が落ちてたの見つけて俺に渡してくれたんだ。」


なんとなく、キラの名前は出さない方がよさそうな気がした。

別に隠す必要なんてないのだけれど。

彼女―マユには、一切の記憶がないらしい。

それも、あの日―キラが生徒会室に来た後に、ラクスから聞いた事だった。

両親が離婚して、その日に、母親が交通事故に遭った。

実は、マユもその事故に巻き込まれ、頭を強く打ちつけた時のショックとその後遺症で、事故に遭った以前の記憶が綺麗に全て抜けているというのだ。

『キラに聞いたのか?』アスランは尋ねた。

ラクスは、ただ、『違う』とだけ答えた。



「誰?」

「え?」

「誰が見つけてくれたの?」


アスランは少し焦る。

捜し物を見つけてくれた相手を気にかけるのは当然の事だと思うが、そこまでこだわる彼女に少し疑問を持った。

だけど。


彼女の反応も、少し気になる。

ラクスの言っていた事が本当なら、今ここでキラの名前を出しても、何ら変わりはないはずだ。

逆に、隠そうとした方がかえって怪しまれる。


その言葉を発しようとした瞬間、「ぐっ」という低い、唸るような声が聞こえた。

見ると、隣で顔をしかめたマユが震える手で左胸をおさえ、その場に崩れるように座り込んだ。


「マユ」


アスランもかがみ込んで、彼女の様子をうかがう。

彼女はなおも、苦しそうに上下で息をしている。

泣き笑いみたいな顔をこちらに向けた。


「だいじょ・・ぶ・・・。」

「・・・喋らない方が」

「ううん・・・この方が・・気が・・・紛れるから・・・。」


とりあえずマユをベンチのある近くのバス停まで連れて行く。

こうした事は、彼女とつきあい始めた時からだったので、アスランは慣れていた。

しばらくベンチに腰掛けていると、マユは少し楽になったのか、ふう、と小さくため息をついた。

そして、いつもの、すまなさそうな顔。


「ごめん・・アスラン・・・。今日はやっぱり学校・・・休む・・・・。」

「病院・・・一緒に行こうか?」

「ううん・・。アスラン来たら五月蠅いんだもん・・・パパ・・・。」

「そっか。」

アスランは苦笑いする。


「ねぇ・・・さっきの話・・・。」

「ん?」

「生徒手帳の人・・もしかしてキラ・ヤマトさん?」


アスランはぎくりとする。


「そうだよ。・・・・なんで分かったの?」

「なんとなく。アスラン、“友達”って言ってたから。」

「・・・・・・」

「ねぇ・・・お礼、したいなぁ。」

「?」

「今度お礼したいから、キラさんと三人でどっか行こう?」

「え、でも・・・・」


キラがそれを承諾するとは思えない。

少なくとも、“昨日の”キラからは。



考えていると、マユが突然立ち上がった。


「バス来た。じゃぁ、キラさんによろしくね。」


アスランの返事を待たずに、彼女はそのバスへと乗り込んでいった。














その日の昼休み。俺とキラは偶然廊下ですれ違った。


『え?お礼?そんなのいいのに。』


やわらかい笑顔。昨日の威圧感が嘘みたいに。


まるで別人だった。


『分かった。日曜日の13時にあの噴水前だね。』


違う。“昨日の”彼の方が別人だったのだ。



『あ、もう一人誘ってもいい?』


誰?

ラクス。・・・・だめかな。




『いいのか?』

昨日の事なんて何もなかったかのように振る舞うキラに、俺は聞いた。


『何のこと。』


そう言って、静かに微笑んだ。悲しそうな瞳。何も映していないような。








―木漏れ日が、色素の薄い栗色の髪を、優しく照らす。














彼に差す影の正体を、俺はまだ知らない。











わー書いてしまったー(苦笑
(日記であんなに書かない宣言出してたのに;)

この話が完成したお陰で、幼なじみ。の方向性が‘やっと’見えてきましたっ!(よかった!)
これからサブキャラがどんどん出てきます。
名前の分からないキャラは秋が勝手に命名して話進めていきますので(笑)


2006.7.22 toki