ヒック、


    うぁ・・・




   うっ、         ヒック






―誰か、泣いてる。



ここは暗闇の世界。

キミとボク以外、誰もいない世界。



―誰・・・誰かそこにいるの・・・・・・



光はない。

影もない。


ただ、真っ暗な視界。

小さくて、狭い。

だけどどこまでも続く、終わりのない世界。










トクン。


    トクン。





             トクン。



    トクン。







―あぁ。



幼い子供特有の、だだをこねたような、泣き声。

耳の奥に響くような、すすり泣き。

言葉に出来ない、悲痛な叫び。



―キミなんでしょ。




―また・・・・・来たの?



手を差し伸べると、ボクは泣きやむ。

それを知っているから。

暖かい手を。懐かしい笑顔を。


向かい合うと、ボクは笑う。

それを確認の合図に。






キミと、ボクだけの、世界で。






―もう一人の、私・・・・・・



















































【幼なじみ。―マユ―】






















































《ピピピピッピピピピッ》



「マユ〜?」



《ピピピピッピピピピッピピ・・・・・・》




ガチャ



ドアの開かれた音。


眠たそうな目をこすり、マユ・アスカはゆっくりベッドから起きあがった。


「体調はどう?」

「ん・・・・・大丈夫・・・・・・」


半分とも覚醒しない意識が、まだ夢の途中にいるかのようだ。


「朝食、出来てるから。早くおいで。」

「ふぁい・・・・」


あくびと返事が同時に混ざって、ドアの前の彼は小さく笑った。


「今日、遊ぶ約束してるんだろ?」


そう言って彼は静かに部屋を出て、下の階へと降りていった。

しばらくそのドアを見つめると、我に返ったように突然慌ただしく動き始めた。


「え、うそ!もうこんな時間?!」








勢いよく二階から響く足音に、シンは苦笑する。

念のために1時間前に起こしに行ってよかった、と席を立ったのと同時に、リビングのドアがガチャンと大きな音を出して開かれた。


「おはよう。」

「おはよう、シンちゃん。」


彼はたった今、食事をし終えたようだ。

席を立った彼の手には、飲み終わった空のカップがある。


「牛乳?コーヒー?」


尋ねながら、彼はキッチンの奥へと消えていった。






「ママは・・・・・?」


遅い朝食をとりながら、私はふと思った。

今日は日曜日。いつもならママはまだ寝てる時間だ。

部屋からは物音一つ聞こえなかったから、きっとまだ寝ているのだろう。


「母さん今日と明日帰り遅いってさ。晩ご飯今日は俺が作るから、マユは明日な。」

「えぇ〜?またぁ〜?!」

「だって今日はマユも帰り遅いし。無理だろ?」

「・・・」

「あ、帰りにちゃんと病院行ってこいよ。薬もうきれかけてるだろ?」

「はぁ〜い」

「ついでに父さんにこれ、渡しといて。」


冷蔵庫に貼られたあるモノを、私に手渡す。


「なぁに・・・これ。」

「知らない。母さんに頼まれた。」


それは、薄い、よくある封筒。

差出人は、『スウェラン』と書いてある。


―パパの友達かな。


「父さんの友達かな。」


重ねるようにして、たった今心の中で言ったことを彼が口に出す。

私はさして気にしない様子で、封筒を片手にわざとらしくため息をついてみせた。


「あーぁ。どうせならママが直接渡せばいいのに。」

「母さんだって忙しいんだろ。多分、会って話したりってほとんど出来ないんだよ。」

「分かってるけど・・・・・」


少し考えてみる。

子供達に囲まれている中、小難しい書類を前に同じく小難しい顔をしている私の主治医。

ふと、そんな光景が目に浮かんできた。


「パパ、あれで小児科だもんね。」

ふふ、とマユが笑う。

「あれで小児科だしな。」

はは、と彼も笑った。



時計を見ると、予定時刻までまだ30分も余っていた。

待ち合わせには、充分余裕の時間だった。


―早めに行って、その辺散歩してようか。


残りのコーヒーを一気に飲み干し側にあるカバンを手に席を立つと、キッチンから彼が顔を覗かせた。

エプロンをつけたままこれから送ろうとする、学校では絶対見せない兄の姿に、私の顔は自然と緩む。

学校では少し近寄りがたいイメージを持たれる彼だけど、この姿を見て裏切られる人は一体どれくらいいるんだろう。

そんな事を思いながら、真昼の青空の下を元気にかけて行った。



















待ち合わせには、既にキラさんとラクスさんが来ていて、二人がどこか所在なさげにベンチに座っているのが見えた。

私は初め遅刻したかと焦ったが、アスランの姿が見あたらなかったのと腕時計の針がまだ約束の時刻を指していなかったのとで、落ち着いた足どりでその二人に近づいて行った。


「おはようございます。」

「あら、おはようございます。マユさん。」


すぐに反応したのはラクスさんで、隣に座っている彼は足と腕を組んだまま頭がふらふらしていた。


「あれ・・・もしかしてキラさん・・・・?」


ラクスさんは人差し指を口に当てて『静かに』のポーズをとった。

うたた寝してるキラさんの隣で、彼女がやわらかく微笑む。


―いいな。

好きだな。この二人。


キラさんを起こさないようゆっくりラクスさんに近づき、静かに隣に腰掛けた。

ふいに、彼女がこちらを見てにっこり微笑んだ。


「いい天気ですものね。」

「はい、ほんとによかったです。嬉しい。」

「今日は・・・ごめんなさいね、勝手にお邪魔してしまいまして。」

「いえっそんな!キラさんの頼みですしっ!それに、私もラクスさんとこうやって休みの日に会えて嬉しいですっ!」

「あら・・・私もですわ。」


そう言って少し恥ずかしそうに笑う彼女は本当に可愛くて。


―神様って不公平。


ついそんな事を思ってしまう。


「ん・・・・」


名前を呼ばれたからなのか、自分の声が無意味に大きかったからなのか、隣で心地よさそうに眠ってた彼が目を覚ました。


「あれ・・・僕・・・・・・寝てた?」

「あ・・起こしちゃいました?すみませんっ;」

「いいえ。寝てるキラが悪いんです。」

「あ・・・・と、ごめんね?ラクス・・・・怒ってる?」

「怒ってないっ」

「だって・・・・・・顔、赤いよ?」

「え?えっと・・・これは、暑いからっ!」


そりゃそうでしょう。

そんな至近距離で見つめられたら赤くなるって。

そんな他愛ない二人のやりとりを苦笑まじりに見守る。


「そういえばアスラン遅いですねー・・・」


雲一つない綺麗な青空を、ぼんやり見つめながら誰ともなくつぶやく。


「アスラン?もう来てるよ。僕たちより先に。」

「えっ?!嘘っ!」


急に思考回路がクリアになった。


―いっつも私との約束は遅れて来るくせにっ・・・!


「さっき、飲み物買ってくるって言って・・・・あ、ほらアレ。」


彼が指さした方を見ると、確かに手に何か持ってる蒼い髪の人がこっちに向かって小走りでかけてくる。


「あ、ほんとだ・・アスラーン!」


大きく手を振ると、アスランも振り返した。
















「それで、今日はどこ行くんだ?」


飲み終えた空き缶を手でもてあそびながら、アスランが尋ねてきた。

特にこれといって計画を立てていなかった私は、アスランのその言葉にあたふたとしてしまう。


「え、えっと・・・・キラさんはどこがいいですかっ?!」

「え、僕?」

「はいっだって今日は一応・・・‘お礼’なんで。」

「えー・・・と・・・それじゃぁ・・あ、そうだ。ラクス決めてよ。」

「え、なんで私が?!」

「‘付き添い’・・・だし?」

「ひどっ・・・・・・アスランが決めて下さい。」

「え、俺?!どこでもいいよ。」

「『どうでもいいよ。』うっわアスランって冷たいヤツ〜」

「そんな事は言ってない!」


「あはっははは!」


みんなのやり取りを見てられなくて、思わず笑ってしまう。


思えば、この中で私だけが歳が違う。

なのに、なんだかとても居心地がいい。

懐かしささえ感じる、不思議な感覚。





「昔からあんな感じなんですか?」


結局キラさんの『なら海行こう。暑いし。』の一言(二言?)で行き場が決まり、駅に向かってゆっくり歩きながら、隣でふわふわと髪を揺らして歩くラクスさんに尋ねた。


「‘昔は’ですね。」


思い出したのか、ラクスさんは口に手を添えてふふっと笑った。


「でも・・・あんな風にして笑うキラ見たの、久しぶり・・・・・・。」


そう言った彼女の視線は、少し前でアスランと一緒に歩く彼を捉えていた。



―ああ


私は思う。


―本当に、彼の事が好きなんだな・・・・



「キラは・・・昔、ある事がきっかけで全然笑わなくなってしまって、私に対してもそうでしたから・・・」

「あんなに愛おしそうにしてるのに?」

「え、えぇ?」


ぽんっと音を出しかのように赤面するラクスさんに、私は再度繰り返す。


「だって、ラクスさんを見てる時のキラさんって、すごく―」

「二人とも遅ーい!」


ずっと向こうから、キラさんが声をかけてきた。











電車に揺られていると、だんだん緑が多くなっていくのに気付く。

ずいぶん遠くまで来たんだな、そんな事を思った。


今日は朝から体調もいいから、発作の心配はなさそう。


電車に乗る前にしつこく尋ねてきたアスランに、私はそう言った。

海では、当然、水着なんてみんな持ってきているわけがなくて、足だけつけて遊んでいた。

しかもその海は結構穴場だったみたいで、私たち以外は誰もいなかった。

途中、アスランとキラさんが競争するとか言い出して、浜辺を全力疾走で走って行くのを、ラクスさんと二人で防波堤の上に座って眺めていたりした。


ここは、静かでとても落ち着く。

耳を澄ますと、さざ波の音が風に乗ってかすかに聞こえてくる。


しばらくして、疾走していった二人が帰ってこないのに気付いて、ラクスさんと不思議がっていると、後ろから突然「「わっ!」」と声がした。

驚いて振り返るとそこには、アスランとキラさんが手に花火セットを持って立ってた。


「そこのコンビニで売ってたから買ってきた。いいでしょ。」


少し息を切らしてキラさんがそう言うと、アスランが「後でしような。」って付け足した。


同じように4人、防波堤に座って海を眺める。

静かな沈黙が続いた後、私はそんなに高くない防波堤からぴょんっと浜辺に飛び降りて、海に向かって走って行った。

押しては引いてくる波と一人で追いかけっこしてると、隣にキラさんがやって来て、向かってくる波を足で蹴った。


「今日は、ありがと。」

「え?」

「こんな風にアスランとラクスと遊ぶの・・・・久しぶりかも。」


そう言って、照れ隠しのように彼は笑った。その笑い方が、なんだか‘お兄さん’を思わせた。

シンちゃんとは歳が1つしか離れていないせいか、どうしても友達の感覚で接してしまう。‘お兄ちゃん’だけど‘お兄さん’って感じじゃない。

だから、きっと歳の離れた兄妹・・・というか、‘お兄さん’を持つのって、こんな感覚かな。

シンちゃんの事をキラさんに話したら、彼は意外そうにしてた。その顔が可笑しくて、私もつられて笑った。

すると、後ろでアスランの笑い声が聞こえた。

何気なく振り返ると、同じように微笑むラクスさんの姿が目に映った。

アスランがまた何か言ったのだろう、ラクスさんは「本当に?」と言って笑った。

ふと、キラさんに視線を移すと、彼は懐かしそうに眼を細めて二人を見つめてた。

それを見ると私は妙に嬉しくなって、向かってくる波を思いきり蹴り上げては追いかけ合いをしていた。



































帰り道。

私は、キラさんと二人で病院までの道のりを歩いていた。

というのも、彼の家が病院の近くにあるらしく、私がそこへ寄らなければならないと言うと、彼が「送るよ」と言ってくれた。

アスランとラクスさんは降りる駅が一緒なので、彼女はアスランが送る事になった。



改札口を出て少し歩くと、病院は見えてくる。

高台に位置するその病院は、坂道が結構きつい。

だから、いつもはシンちゃんのバイクの後ろに乗っけてもらうのだが、今はその道を徒歩で行っている。

けれど、ちっとも苦しくなかった。

少しうつむき加減だった顔を上げると、入り口の前に、誰かが立っていた。





「あ、あれパパだ!」

「あのタバコ吸ってる人?」

「そう、私の主治医っ!パパー!」


彼も気づいて、こちらに向かって手を振る。

だんだん距離が近くなっていくにつれて、パパの顔がはっきり見えてくる。

その時、パパの動きがどこかおかしい事に気付いた。

こちらに歩みを向けていた足は立ち止まって、驚いた顔をしてる。

そして、何かをつぶやいているようだった。はっきりと聞こえたのは、不思議に思ってパパの元へかけて行った時。


「ヴィア・・・・・・」


そう、彼はつぶやいた。






























『母を・・・・・知っているんですか?』

『マユ・・・すまないが少し彼とお話をしてもいいかな?』



『手紙?お母さんが?』

『スウェ・・・・ラン・・・・・・?どうして貴方が‘それ’をっ!?』







さっきから反芻してる。つい数分前の出来事。


―スウェラン・・・・ヴィア・・・・・・


知らない名前。父さん、『友達』って言ってた。

見上げると、夕焼け空。窓から入った光が薄暗い廊下をオレンジ色に染める。

静まり返った夕方の病院は、なんだか怖い。

不気味で、暗くて、気持ち悪い。

目の前に映る無機質なドアの向こうからは、物音一つ聞こえてこない。

暑いのに、寒気がした。


―向こうで、何を話してるんだろう・・・

キラさんのお母さんとパパはどういう繋がり・・・?

‘スウェラン’って誰・・・?


考えれば考えるほど訳の分からない事の連続で、私の頭は混乱している。

と、その時、急にキラさんの声が聞こえた。


「そんなの・・・っ僕は信じません!!」


ガシャン、と激しい音がしたので私は思わず立ち上がると、目の前のドアが勢いよく開かれた。

刹那、彼と目が合う。

はっとした様子で、キラさんは戸惑っているみたいだったけど、そのまま何も言わずに走り去ってしまった。

開かれたドアからは、その場で立ち尽くしているパパと、倒れた椅子が見えた。






なんだったんだろう。

訳が分からない。

ただ・・・・・・


彼、泣きそうな顔してた。

どうして?

パパと・・・何話してたんだろう・・・・・・。


「パパ。」


カチャ・・


そっとドアを開ける。

散らかったデスクの前には、いつもの―


「パパ・・・?」

「あ、ああ、マユか。すまない、さっきは・・・」

「ねぇ・・・・キラさんと何話してたの?彼・・・なんだか」


言いかけたところで、パパが私に近づいて、そっと抱きしめた。

私は何も言えなくなって、不思議にパパの顔を見ようとする。

けれど、彼の胸にすっぽり収まった私の頭は、上げようにも上げられない。


「お前は、何も知らなくていいんだ・・・・・・」


そう言って、パパの腕に力がこもった。

私は恥ずかしさと驚きとなんだか色々な感情が混ざり合って、結局そのままぼうっと彼の言葉を聞いてた。




―ナニモシラナクテイイ・・・




ただ、ぼんやりとした頭の中で、彼の言葉だけがやけに大きく響いていた。






思った以上に長くなってしまって・・・・すみません!!;
でも、ここまで読んでいただきまして、ありがとうございますっっ!(土下座)
あ、でも幼なじみ。はまだまだ続きますっ続いちゃいますっっ
どうか彼らの恋をもう少し見守ってやって下さいね。。笑

ところで。
今回の―マユ―を書いて一番大変だったのは、ラクスの言葉遣い。
悩んだあげく、キラ以外には敬語を使うという事に・・・
なぜかシリアス〜な展開へ進んでいってしまう幼なじみ。に安らぎと平和を!(?)
ってことで今回は超ほのぼの目指して頑張りました=3
でもほのぼので終わらないのが幼なじみ。・・・・・なわけでして。
にしてもほのぼの書いてる最中楽しかったー!笑
特にアスランとキラのガチンコバトルっ!!(っていうのかアレ?)
結果は・・・・
競争中キラがコンビニを見つけてそっちに走って行ってしまったので勝敗決まらず
ってオチがあったりなかったり。笑

2006.7.31 toki