風が、カーテンを揺らしている。




【幼なじみ。―アスラン―】





学園祭まであと少し。

迫り来る一大イベントのひとつとして、先週あたりから校内は華やぎ始めている。

放課後になるとその興奮は一層高まり、それぞれが思い思いの内容を膨らませる会話が所々で聞こえてくる。

一年のうちでイベントらしいイベントがそれくらいしかないこの学校では、この時期が近づくと皆気合いが入る。

それは、校内を先頭に立って引っ張る存在である生徒会にも伝わっていた。

いや、むしろ生徒会が率先してこの学校を盛り上げようとしているのだ。

そのおかげで、毎年この時期になるとあちこちから呼び出しがかかって、本当に足ひとつ(いや、ふたつ、か?)では足りないくらい忙しくなる。

アスランは、これから襲ってくるであろう事々に早くも疲労を感じ、ため息をついた。

それでも、手元のキーをうつ速さは保ったまま。

「終わった・・・。」

明日の総会で取り上げるための補助プリントをようやく作り終え、アスランは席を立つ。

自分以外誰もいないこの教室で、アスランの使っているパソコンの起動音のみが響いている。


いつもならあいつの役目なんだけどな・・・


そんな事を思い、窓の外に目を遣る。

一階の離れに面しているこの生徒会室は下校する生徒達が通る場所に少し近いところに位置しているので、誰が校舎から出てきたのかもここからだとよく見える。

意外にもこの部屋が生徒会室だと思う生徒は少ないようで、初めて見た者には余り部屋だと思われてしまう事が多い。

それくらい、この部屋はいつも閑散としていて、どこか人を寄せ付けない雰囲気を放っている。

アスランにしてみれば、静かで落ち着ける場所はここくらい。

だから放課後になると、いつもこの部屋に来ていた。

生徒会長という立場もあり、必然的に来なければいけない場合にしても、アスランはこの部屋で作業をするのが好きだった。

椅子の側でぼうっと外の様子を眺めてから、窓の方に歩いていく。

すると丁度、先ほど頭の中によぎった人物が校舎から出てくるのを見つけ、声をかける。


「カガリ!」

「アスラン。」


カガリは、その身長程もある模造紙を重たそうに両手で抱えながらこちらに歩み寄ってくる。


行事まではまだ2ヶ月もあるのに・・・。


「それ・・・もう準備始まってるのか?カガリのクラス。」

「ああ、これ?毎年恒例のアレだよ。展示絵。」


『展示絵』。
その単語を聞いてアスランは「え、」と思わず後ずさった。

去年のあの地獄のような夏休みが脳裏をよぎる。


「今年もやるのか・・・」

「何言ってるんだよ?会長のお前もやらなきゃ意味ないだろ!」

「俺、画才ないもん。」


展示絵は、毎年生徒会が自主的に取り組んできた企画の一つだった。

校舎いっぱいに垂れ下がる色彩豊かな一枚絵。


「主線は私が書いてやるからさ。いいの思いついたんだよ。これから大まかに書いてみるところ♪」

あまりに元気なカガリを見て、アスランは苦笑まじりに言う。

「任せるよ、副会長。期待してます。あ、それより出来たんだけど。プリント。」

「あ、サンキュー!早いな。まぁそれが当たり前か。」

「あとさ、ここの日程なんだけど・・・」

「あ〜・・・悪い!今急いでんだ・・。後でもっかい来るから!」


言い残して、カガリは体育館の方へさっそうと走り去って行った。

アスランは行動力あるカガリの後ろ姿をしばらく呆然として見ていた。


さすが。


誰ともなくつぶやいてから、アスランは耳をすました。


誰かの足音が聞こえる。

それはアスランのいる位置とは反対の・・・校舎の廊下側からだった。


コンコン―


予想通りのノック音。

アスランが了解するより先にそのドアは開かれる。


―カガリ?まさか。


「アスラン。」

「キラ!」


どうして、ここに。


久々に見る顔に、アスランは動揺を隠せない。


「はい。これ。落とし物。」

「え?」


すっと差し出された彼の手の中には、生徒手帳が収まっていた。


俺の・・・?


「ここ置いとくね。」

何も言わないアスランをちらりと見て、キラは入ってきたドアノブに手をかける。


コレの為にわざわざここまで来たのか・・・?


再びドアの開かれる音がして、アスランははっとした。


「ちょっと待て!」


出ていこうとするキラの右腕を思いきりつかむ。


「何?」

キラはあからさまに嫌そうな顔をしてきた。


「何か話があるんじゃないのか?」

「何もないよ。」


そっけない返事。

あの頃から彼はそうだ。何か言いたい事があるくせに、自分からは絶対言わない。

誰かが聞いてくれるのを待っている。

それは、自覚あってしている事なのか、彼の以前とは違う“何か”がそうしているからなのかよく分からないけれど。

だけど、どちらにしても気をつけておかなければならない。

また、あの時のような事を彼がしてしまう前に。


「でも、何かあるからこんなところまで来たんじゃないのか?」

「生徒手帳。」


そう言って彼は、机の上に置かれたそれを指さす。


「だったらまた会った時に渡せばよかったじゃないか。」


キラは、何を言おうとしているのだろう。


―もしかしたら。


嫌な予感がした。



「アスラン、本当は分かってるんでしょ。僕がここに来た理由。」

刹那、するどい視線がアスランを捉える。

「ねぇ。」

捉えたまま、離さない。

アスランは思わず後ずさった。

「あ・・・」


威圧感のある声。間違いない。

キラは、気づいている。



掴んでいた手を離して、アスランは元いた席へと戻った。目の前にはパソコンが先ほどの画面のまま置かれている。

キラは先ほどまでアスランがいた窓の方へと歩いていき、近くの椅子を自分のもとへ引き寄せ、腰掛けた。



「どこまで知ってるの?」


どこまで。

アスランは、この間のことを思い出す。




俯いて、ひとつひとつ慎重に言葉を繋ぐようにして語る彼女。

『最近、アスランとあの子、よく見かけるようになりましたから・・・』

キラの事しか見ていないとばかり思っていたから、とても驚いた。

『付き合ってるけど。マユがどうかした?』

『いえ、あの・・・・・・・』

おっとりしていて、なんだかふわふわしていて。昔からキラの次にアスランを不安にさせた。

だけどそんな彼女も、本当は誰よりも周りをよく見てるって事に、あの時初めて気づいた。





キラはというと、窓の珊に身体をあずけるようにして頬杖をついていた。

誰か通ったのだろうか、彼は遠くに向かって手を振った。

窓から入る光に透けて見える彼の髪。

あどけない笑顔。

その横顔を見て、アスランはある事を思い出していた。















キラの両親は離婚している。

それは今よりずっと幼い頃にキラがこちらに越して来てアスランと親しくなってから聞いた事。

そして、彼の母親は既に、この世にいない。

父方に引き取られたその日に、彼女は交通事故に遭い、亡くなったそうだ。

『一人じゃなかったから今まで別になんとも思わなかったけど・・・』

ある日突然、キラがその話をした。

アスランは信じられない思いでキラの話を聞いた。

自分には優しい両親がいて、妹がいて、みんながいる。それが当たり前。それが全て。

キラがぽつぽつと話し出して、終わる頃に、ふと、頬を何かが伝った。

涙と分かるまでに、キラが自分の顔を覗き込んでくるまで分からなかった。

どうしようもなく、悲しい。


キラ、可哀相。

アスラン、泣かないで。泣かないでアスラン。


訳も分からずアスランは泣いて、キラは必死でなだめていた。


ごめんね、僕がこんな話したからだよね、ごめんね。


当時ひどい泣き虫だったキラにいつもラクスとアスランは手を焼いていた。

ラクスはアスランよりずっと前からキラと一緒にいる。きっと、アスランにもまだ知らない彼をラクスはよく知っている。

彼女とキラは、生まれた時から共に過ごしてきたという。

“気づいたらいつも一緒にいて。”二人とも、そう言っていた。

キラが引っ越して来たその何ヶ月か後に、追うようにしてラクス達家族も引っ越してきた。

まるで姉弟のように、アスランの眼には映っていた。

慣れない土地におどおどしているキラ、いつも側で見守るラクス。そしてアスラン。

そんなキラとその時逆の立場になっている事に、アスランは少し恥ずかしかった。

『本当に一人になっちゃったから、アスランに聞いてほしかったんだ・・・。』

ようやく落ち着いたアスランに言ったキラのこの言葉を、アスランは父親の事だと思って素直に受け取った。

『この事、ラクスにも話してないんだ。だから、秘密だよ。』

照れ笑いでキラが“指切りげんまん”をする。アスランも小さな右手で小指をたてる。

『キラも、泣いたこと、ラクスには言うなよ。』

目を合わせて、二人は小さく笑った。





ゆーびきりげーんまん・・・・・・







母親の死。一人ぽっち。

幼いアスランは、ついさっきしてくれた話を頭の中で思い起こす。



けれど。

キラは、それ以上は言わなかった。本当の事。家族の事を。















「なんでそういうことするの?だから付き合ってるの?彼女と?」

沈黙を破ったのは、キラだった。

アスランは何も考えず、キラをただじっと見る。

そこに、怒りや悲しみは一切感じられないかった。

無表情。

アスランは重く口を開いた。


「お前は勘違いしてるみたいだけど、俺は何も知らなかった。」


キラの瞳が、小さく揺れ動く。


「ラクスから聞いた。つい最近。」

「え・・・」


どうして、という表情だ。

きっとキラは、ラクスは何も知らないと思っていたのだろう。

本当は誰よりも理解しているのに。

アスランはそんなキラを少し腹立たしく感じ、それが嫉妬だと気づいた時には、もう口を開いていた。


「キラから、ちゃんと聞きたい。」


本当の事を、言ってほしい。

キラの―






あの時の声が、聞こえる。

小さな、小さな、ふたつの小指。





『ゆーびきりげーんまん

嘘ついたら針千本飲ーます







指切った』









窓から入ってきた風が、二人の髪を揺らした。








【―アスラン2―に続く】





想像以上に長くなってしまいました;アスラン編。。続きます。
幼なじみ。はまだまだ続きそうです。
もう少しお付き合い下さいませ。m(__)m

あと。

この―アスラン―は断じてアスキラの回では
ありません断じて。
これは
キララクの話です。

アスランも実は幼なじみだったんだよっていうのが伝わってればそれでいいです(苦笑
ラクスほどじゃないけどね。

誤字等ありましたら是非是非お知らせくださーい。。


2006.6.12 toki