この長い長い坂道をのぼると、君はそこにいる。

 

いつも、このどこまでも続く海を、見てる。

 

同じ場所、同じ時間に。

 

 

 

   この海の向こうで

 

 

 

「お、おはよ!」

 

少しくせっ毛のある髪を押さえながら、シンは少女に話しかけた。

 

長い坂道を一気に走ってきたので息が乱れている。

 

いくら部活で走り鍛えているシンでも、この坂を休憩なしに登るのは結構きついことなのだ。

 

はぁ、と一息呼吸を整えてから、座って遠くの海を眺めている少女の方へとシンは歩み寄った。

 

「ステラ。」

 

名前を呼ばれたからなのか、人の気配がしたからなのか、それまで視線を海に向けていた少女―ステラはゆっくりと、声のした方に顔を向けた。

 

「シン。」

 

それまで表情のなかった彼女に、ぱっと笑顔が咲く。

 

つられてシンも微笑んだ。

 

「今日も病院抜け出してきたの?」

 

言いながらシンは、ステラの隣に腰を下ろす。

 

それを待っていたかのように、ステラはシンが座ると彼の腕をきゅっとつかんで、そのまま甘えるようにもたれかかった。

 

「シン、来ると思った・・・から。」

 

ゆっくりと、言葉をひとつひとつ繋ぐようにして話す。

 

それはたどたどしく、だけど意志はちゃんとそこにあるかのような響き。

 

太陽に照らされて光る綺麗な髪と、華奢な身体に似合う淡い色のワンピースが、風に吹かれてゆらゆらとゆれる。

 

 

ふいに、ガサゴソと物を探るような音がして、シンはそちらに顔を向ける。

 

するとステラの手には、四角い、ピンクのリボンで包装された箱が収まっていた。

 

「シン、はい。」

 

突然のことでシンは一瞬とまどったが、すぐにその箱の中味が何なのか分かった。

 

 

―忘れてた。

 

 

そうか、今日は。

 

いつもとクラスの雰囲気が違った訳に、シンは今ようやく気がついた。

 

 

―ステラに早く会いたくて飛び出してきたけど、もう少し学校に残っててもよかったかな。

 

 

シンは一人苦笑いした。

 

「ありがとう、ステラ。」

 

そう言ってシンは、可愛らしくラッピングされた箱を受け取る。

 

と同時に、ステラはシンに思いきり抱きついた。

 

「わ、わ、ちょっと、ステラ?!」

 

いくらスキンシップが好きとはいえ、これはやりすぎではないか。

 

シンはそんなことを思いながら、所在の無くした手をどこへやったらいいのか分からず、あたふたしている。

 

すると突然、ステラがうずめていた顔を上げて言った。

 

「ステラ、明日、頑張るの!」

 

 

『明日』。『頑張る』。

 

その言葉を聞いて、シンははっとした。

 

『明日』は、ステラが・・・・・

 

 

「のど、良く、なるの!」

 

そう、ステラが、手術をうける日。

 

「嬉しいの!」

 

身体に伝わるステラの体温を感じる。熱が、シンを優しく包み込む。

 

シンはステラの頭をそっと撫でた。

 

そうしながら、シンは以前彼らが話していた会話を思い出していた。

 








ステラは、生まれつき咽に腫瘍ができている。

 

それを知っているのは、彼女の病室へ見舞いに行った帰りに聞いてしまったから。

 

少し扉の開いた部屋からは、白衣を着た人と誰かもう一人いた気がする。

 

普通なら通り過ぎるはずの部屋の前で、シンが通りかかった時、偶然にもよく知る名前が聞こえたのだ。

 

―『ステラ』と。

 

彼らの会話を聞いてしまったシンは、すぐさま来た道を引き返した。

 

彼女の病室へ戻ると、彼女は歌を口ずさんでいた。

 

とても小さくて、儚い、消えそうな声で。

 

ふいにシンは泣きそうになるのを堪えて、こちらに向かって笑いかける彼女の頭を優しくなでていた。

 

今と、同じように。

 

彼女がとぎれとぎれに話すのも、大きな声が出せないのも、きっとその病気のせいなのだ。

 

次の手術で成功しなければ、ステラは永遠に歌えなくなる。

 

そして成功は極めて低いということを、彼女は知っている。

 

それでも自分は歌うのだと、たとえ声が出なくなっても、歌い続けるのだと、彼女はそう言っていた。

 

「ステラ、のどが治ったら歌ってくれる?」

 

「うんっ」

 

大丈夫。俺は信じている。

 

「ステラ、歌うよ。シンの、ために。」

 

だって彼女は、こんなにも強いのだから。

 

 

 

 

「ステラちゃぁーん!」

 

ふいに、甲高い女性の声が遠くの方でして、シンとステラは振り返った。

 

「あぁもうまたこんなところに来て・・・点滴の時間ですよー!」

 

言いながら看護服の女性は、人差し指で左手首をたたく仕草を見せた。

 

「はぁーいっ」

 

それまでシンの腕の中にすっぽりおさまっていたステラは、勢いよく立ち上がり、走っていく。

 

「シン、また明日ねっ」

 

少し遠くで、大きく腕を上下しているステラに、シンは手を振り返す。

 

また、明日。

 

 

 

 

 

 

 

―大丈夫。

 

彼女は、きっと大丈夫。

 

 

目の前に続く長い下り坂を見下ろしてから、シンは大きく深呼吸をした。
























2006.2.13

バレンタインですね。企画第二弾!!(勝手に命名)
秋兎のみお持ち帰りOKです。。遅くなりました・・・
そしてキララク絵本当にありがとうっっ(感涙
まじ可愛いですwwぎゃほほーぃv

今回は秋兎から嬉しくもご依頼があり、シンステ書かせていただきました☆
ついでにバレンタインってことでその行事も盛り込ませてみたりv
だけどすごく無理矢理な感がありすぎる結果に。。。滝汗
ステラの手術はきっと成功すると、秋は信じておりますっっ

秋つばさ






























白い波の揺らめきも、流れる声の雫になって、この海の向こうで聴くよ。