【夏の思い出】









「もぉいいかぁーい!」


舌っ足らずな子供の声が聞こえる。

しん、と静まり返ったその公園では、子供達の息をひそめている様子がよく伝わってきた。

それを、同じく、陰から見守る人影があった。

赤い髪でグレーの瞳を持っており、最近この近くに引っ越してきた少女―フレイだった。


「見ぃつけたっ!」

「みぃちゃん早ぁいっ」


本当に楽しそうにはしゃぐ子供達を、フレイはひっそりと見つめる。


―いいなぁ。

―私も、いれて。


フレイは普通の人とは違う髪と瞳のせいで、人と接するのを恐れていた。

ここに越してきたのも、それが原因だった。

毛色が違う、というだけで子供はどれだけ残酷かということを、フレイは痛いほど知っていた。

はぁ、と一息ついて、フレイは髪をいじりながら公園を出ていく。


―遊びたい。

―ただ、一言、『いれて』って・・・


「かくれんぼ、しないの?」


突然の事で、フレイは初め自分に声をかけられたと分かるまで少しの間があった。

驚いた。

まさか、自分に声をかけてきてくれる人がいたなんて―

目の前に立つ少年をフレイはただただじっと見つめる。

少年は夏だというのに、白い浴衣を着て、裸足だった。

舗装されたアスファルトがいったい何度くらいなのか、フレイは知らない。

けれど、とても暑そうだ、とその時彼女は思った。


「一緒に遊ぼ。」


そう言ってにっこり笑う少年を見て、フレイは目を見開いた。

そして次の瞬間、その少年がフレイの手を取って走り出した。


「行こっ!」


フレイはとても不安になったが、こんな風に話かけてくれる子がいた事に嬉しさを感じ、彼のされるがまま走った。

着いた場所は、河原だった。

そこは山の中にあって、フレイとその少年以外は誰もいないようだった。

鳥のさえずりが聞こえ、耳をすますと川のせせらぎが聞こえる。

こんな場所があったのだ、とフレイは素直に感心した。


「みずー!」


少年は楽しそうに、その河原に足をばしゃばしゃとつけて遊び出す。浴衣が濡れるのは気にしていないようだった。


「危ないよぉっ」


さすがに心配になって、フレイは思わず少年に声をかける。

聞こえていないのか、少年は本当に気持ちよさそうに足で水を蹴ったり、走り回ったりしていた。

ここに越して来てから、両親以外に話しかけるのは初めてだった。

フレイはなぜかくすぐったい気持ちがして、はしゃぐ少年の側まで駆け寄って一緒になって河原に足をつける。


「気持ちいいね」

「ここ、僕の秘密基地。」

「ねぇ、私、『フレイ』っていうの。きみは?」


そう言うと少年は立ち止まり、少し考える仕草のように空を見上げてから、再びフレイの手を取って言った。


「こっち。」


また走らされるのか、フレイは思ったが今度は違うようだった。

次はどこへ行くのだろう、フレイはそんな事を思いながら少年の触れる自分の右手首を見つめる。

あったかい。

少年の手は温かかった。



次に着いた場所は、神社だった。

着くなり少年は握っていた手を離して、だっと駆け出して行った。

一人残されたフレイはうろたえたが、すぐに少年が戻って来てくれたので安心した。


「ここ、僕の家。」


そう言って少年は笑う。とても眩しい笑顔だった。


この笑顔を私は知ってる、フレイはふとそんな事を思った。


「ねぇ、『かくれんぼ』しよっか。」


その日は空が夕暮れ色に染まるまで二人きりでかくれんぼをした。

フレイはとても楽しかった。こんな楽しい日はこれまでにないくらい心の底から喜びをかみしめていた。

すっかり汗だくになって二人で神社の階段に座って休憩していると、少年がぽつりと呟いた。


「どうしていつも一人なの?」


知っていたのか、フレイはその時思った。


「私は、『いじん』だから・・・・・・」


どこで覚えたのか、もしくは越してくる前に誰かに言われたのか、フレイはその言葉をたどたどしく口にした。


「かみの毛、赤いし・・・目も、みんなとちがうし・・・・・・」


そう言ってフレイは髪を両手で掴む。

父親の遺伝で、フレイの髪は燃えるように真っ赤な色をしていた。

その所為でどれだけ嫌な目に合ったか分からない。今はもうこの世にいない父親を、フレイは時々恨めしく思う。


「どうして?どうして違ったらいけないの?」

「みんな、『こわい』って言う・・・」

「どうして?僕はすごく好きだよ、フレイの髪。」


言いながら少年はフレイの頭を優しく撫でる。

振り向いたフレイの眼に映った少年の髪も、同じように赤茶けた色をしていた。

その、青みがかった濃いグレーの瞳に、フレイは吸い込まれそうな程綺麗だと思った。


「また、明日も遊ぼうね。」


少年は立ち上がると、神社の中に走り去っていった。




その日から、フレイには『友達』が出来た。

蝉の鳴く暑い午後にフレイは出掛けて、あの河原に行った。

そこにはいつでも少年が先に来ていて、一人で河原に足をつけて遊んでいた。

しばらく河原で時を過ごすと、今度は彼の家だと言う神社へ行き、そこで日が暮れるまで二人で色々な遊びをした。

夏の一日は、あっという間に過ぎて行く。

蝉も、太陽も、空も、風も、フレイにとっては全てが愛おしいと感じた。

相変わらず少年は裸足のままだったし、浴衣以外の服を着ている事も見たことがなかった。

しかし不思議と違和感は感じなかった。

夏の日差しが強く青い空の下では彼の着ている白い浴衣がよく似合う。

フレイは少年と過ごすこの時間が好きだった。


ある日の事だった。

いつものように河原で水遊びをし、神社で鬼ごっこをしている時だった。

いつもと違う雰囲気をフレイは感じ取り、さっと後ろを振り返ると、そこには何人かの子供達がいた。

ほとんどが、フレイがよく公園で見かけていた子供達だった。

フレイは思わず、後ずさりをした。


―見られた。見られてしまった。


癖なのか、両手でぎゅっとその赤い赤い髪を掴んで、固く眼を閉じた。

少年が不思議そうにその様子を見守っている姿を、フレイは頭の中で感じた。

次に浴びせられるであろう言葉の数々に、フレイは耳を覆おうとしたその時だった。


「一緒に遊ばない?」


一瞬、何を言われたのか分からなくなって、フレイは「え?」と聞き返してしまう。


子供達はどこかもじもじした様子で、中には顔を下に向けて恥ずかしがっているように見える子もいた。

子供達のリーダーなのか、一人の女の子が一歩フレイに近づいて、また言った。


「あなたも、一緒に遊ばない?」


咄嗟にフレイは、少年の方を振り返る。

少年は、いつかの時と同じように、嬉しそうに微笑んでいた。

そしてフレイに歩み寄ると、その背中をぽん、と押した。


「行っておいで。」


そう囁くと少年は、神社の中へとゆっくり歩いていった。

フレイは戸惑って、おろおろしていると、目の前の少女がフレイの手を取って、言った。


「前、公園から見てたでしょ?最近見かけなかくなったから・・・ねぇ、一緒に『かくれんぼ』しない?」


フレイは涙が出るのを必死に堪えた。

「うん。」やっとの事で口にできた言葉は、やけに頼りなかった。

そのフレイの言葉を合図のように、周りにいた子供達が「わぁっ」とそれぞれに声を出す。


「よかったぁ。私、ミリアリアっていうの。仲良くしようね。」




その日は、自分が何を言って、何をして遊んだのか、よく覚えていない。

ただ、本当に嬉しくて、楽しくて、これまでにない喜びを感じた日だった。

時折、フレイの頭には少年の笑顔がちらついた。

彼は、今、何をしているのだろう。

いつも神社の中へ消えていく彼。いつも白い浴衣を着て裸足の彼。いつも私の側にいてくれた・・・・


次の日、フレイは心配になっていつもより早く河原へ行った。

今まで、どれだけフレイが頑張って早く行っても、河原にはいつも少年が先にいたので、今日もいると思っていた。

けれど、そこに少年の姿はなかった。

待っていればそのうち来るだろう、とフレイは一人河原に足をつけて時間をつぶしていた。

しかし、いつもの時間になっても彼は来なかった。

不思議に思い、今度は神社の方へ行ってみようと思った。

あそこは、少年の家だ。

フレイは少年に早く会いたい気持ちでいっぱいになっていて、アスファルトを勢いよく駆けていった。

神社は、木々の中にひっそりと建っていて、木陰が気持ちいい場所だった。

そこでかくれんぼをしたり、缶蹴りをしたり、少年と色々な遊びをした。

フレイは神社への道のりの間中、なぜか胸騒ぎがして、落ち着いていられなかった。

遊び疲れて座った神社の階段。隣で笑う少年の横顔。

なぜか、急がなければと思う気持ちでいっぱいだった。


神社は、神社でなくなっていた。

正確には、元からそんなものなかったかのように、そこには閑散としたじゃり道が広がっているだけだった。

フレイは息を切らしながら、小石ばかりの広がる森を見つめていた。

いつまでも、いつまでも見つめていた。
















「ッレイ!フレイったら!!」


肩を揺すぶられて、フレイは閉じていた瞳を開ける。

誰かが、自分の顔をのぞき込んでいるのが見えた。

その人物の側に、もう一人誰かがいる気がした。


「ミリアリア・・・・・・」

「折角キラ呼んで来てあげたのに、フレイったらどうして寝ちゃうのよ?!」

「ご、ごめん。」


すると、彼女がフレイの耳元に顔を寄せて、そっと耳打ちする。


「フレイ、よだれ、よだれ出てるっ。」

「え、嘘?!」


ガタガタと机を勢いよく揺らして、フレイは慌てて口元を手で覆う。

後ろでキラの笑っている声がした。


「帰ろっか。待たせてごめんね。」


彼はそう言って、フレイの鞄をひょいと持ち上げた。


「ミリィ!一緒に帰らないの?」


歩こうとしない彼女にフレイが問いかけると、彼女は首を横に振って答えた。


「いいよ。今日はトールと約束してるんだ。」


はにかんだその笑顔に、フレイは目を細めた。そして、別れ際に彼女に手を振り、その場を後にした。






「ミリィはトールと上手くいってるみたいね。」


帰り道、少しオレンジがかった空を見上げながら、フレイはぽつりとつぶやいた。


「そうだね。昔から仲良かったしね、あの二人。」


隣で歩く彼も、同じように空を見上げてから言った。


「夢、見てた。」

「え?」

「ここに越して来た頃の夢―みんな、いた。」

「そう。」

「ねぇ、キラには話したことあるかなぁ?白い浴衣着た男の子の話。」

「うん。ミリアリアに聞いた事あるよ。フレイの・・・『友達』だったって。」

「その子ね、みんなには見えなかったの。」

「知ってる。僕もあの時あそこにいたけど、そんな子はいなかったと思う。」

「誰だったのかなぁ・・・・・・」


なにげなく、フレイは髪を手で弄ぶ。

あの頃とは違って、短かった髪もずいぶん伸びた。

長い髪は後ろで一つに縛り、それが、風が吹くたびさらさらと揺れた。


―もう、ずいぶん長い間行ってないな。


フレイはふと、思った。そしてキラに顔を向けていたずらっぽく笑ってみせた。


「ねぇ、ついてきて欲しい場所があるの。」





かつてフレイがよく遊んでいた森の中は、今もあの頃と変わらず石ころが転がっているだけだった。

そこにあの時の神社がある気がして、フレイは懐かしさに目を細める。

近くに川が流れているのか、風に乗ってかすかにフレイの耳に届く。

フレイはその場にしゃがんで、地面に落ちている石をなにげなく指で撫でた。

隣ではキラが、小さく伸びをしていた。

その時だった。

風が舞い上がって、フレイの髪を優しくなぜていった。

フレイは立ち上がり、木の葉の舞う風を静かに見つめる。

夏の終わりを惜しむように、蝉がせわしなく鳴いている。




『フレイ。』




少年が、あの白い浴衣を着て屈託なく笑う少年の声が、聞こえてきた気がした。
















読んでいただき、ありがとうございますっv
拍手お礼小説のつもりが、文字オーバーになってしまい・・・;
いつもと少し違う雰囲気で書いてみましたが、どうでしょうか??
楽しんで読んでもらえたら幸いです(o^人^o)
そして誰か秋にタイトルセンスを下さい・・・orz


2006.8.14 toki