【双恋〜桃と蒼】





「ねぇアスラン。」
「アスラン“さん”だろ。」

風が少しあいた窓から入ってきて、髪を優しくなぜていく。
カーテンが揺れて。
花瓶に挿した藤の花が小さく揺れた。

少し、肌寒い夜。

その愛らしい花を眺めていると、ふいに視界から消えた。

「キラ。いい加減帰ったらどうだ。もう遅いし。」
「アスラン返して。」
「だから、“さん”だって。」

目の前に立つ自分よりいくらか年上の彼の手に収まった花を見る。

「だってカガリ寝てるし。」

すぐ隣で俯せて寝ている片割れを、キラは指さした。

「でも明日から学校始まるじゃないか。」
「そうですわね。」

カチャカチャと食器の音を鳴らしながら、ラクスがキッチンから出てきた。

「ラクスそれ…」

そう言いながらアスランは、ラクスの運ぶティーポットとカップに目をやる。

「でもその前に、先日おいしい紅茶を頂きましたの。飲んでいきませんか?キラ。カガリ。」
「飲む。」
「キラ!!」

ポットから湯気が立ちこめて、部屋に甘い香りが漂う。

「ほら、カガリ。起きてよ。」

寝ているのに起こすのは可哀相だと言いながらも、キラはカガリの背中を揺する。
腰まで伸ばした金色の髪が、キラの手に絡みついた。

「痛い痛い痛い!もう、なんだよ!?」
「わっごめんカガリ。…起きた?」
「起きたよ!」

くすくすと笑い声が聞こえたので、キラとカガリは振り返る。
ラクスとアスランがこちらを見ていた。

「カガリおはよう。よく寝れた?」
「あのね、ラクスがおいしい紅茶入れたから帰る前にどうって。」
「お菓子もありますわよ。」
「あ、あぁ…もらおうかな。」

アスランは諦めたのか、やれやれといった様子で椅子に腰掛ける。
ラクスが隣にやってきて、二人が並ぶ。
こうして見ていると本当にお似合いだ。
これでも結婚して10年になる夫婦にはとてもじゃないけど見えない。
まるでまだ付き合いたての恋人同士のような。
キラはそう思った。


「あ、そうだ。明日からお前達のクラス、俺が受け持つことになったから。」

アスランは飲みかけのカップを置いて、目の前にあるお菓子に手を伸ばしながら言った。

「「えぇ!?なんで??!」」

ガチャン、と食器のぶつかる音をさせたのはキラで、ごほっ、と音を出したのはカガリだった。
キラはそっとカガリに目をやる。
自分とは対照的に、嬉しさを顔に出しているのは明らかだった。
キラは思わずため息をおとす。

「おかしいよ。第一、身内がいたら担任あたらないようにするのが普通だよね。」
「いや、そもそも俺とお前達は身内でもなんでもないだろ。」

学校でも家でもほとんど一緒にいるから時々忘れる。
アスランは教師で、キラとカガリは生徒ってことを。
そしてラクスもアスランと同じで。

「キラもカガリも、楽しそうでいいですわね。保健室なんてあまり人が来ないものですから寂しいですわ。」
「何言ってんの。いつも遊びに行ってるじゃない。僕とかシンとかヨウランとか。」
「男ばっかりだけどな。」

カガリがそう付け足して、続ける。

「だけどそれだけモテると色々と大変そうだな。アスランも。」

くすっと小悪魔のような笑い方でカガリはアスランを見る。

「そのために担任になったんじゃないの、アスラン。」

飲みかけの紅茶をすすりながら、キラが疑心の目を向けて言った。

「お前達のクラスは問題児ばかりだからな。きっちり指導して下さいって上から頼まれたよ。」
「なんだよそれ。私を数に入れるな!」
「そうだよ、僕らこんなに優等生なのに。」
「実際テストで上位に入るのも、キラやカガリのクラスばかりですわね。」
「俺が言ってるのは態度の方。どうやったら教師泣かして指導室送りにされるような授業になるんだ。」
「まぁ。そんなことがあったのですか?キラ。」
「違う違う!あれはシンが悪いんだよ。僕は笑って見てただけ。」
「こうしろってシンに囁いてたのはキラだったと思うんだけど。」
「カガリは黙って。」


□□□


「それでは、気を付けて帰って下さいね。」
「って言ってもすぐそこだけど。」

外は既に暗い。
頼りの外灯も、闇に紛れてしまいそうだ。
あれから何時間か経ち、キラとカガリが帰るのを、ラクスとアスランが見送っていた。

「「おじゃましました〜」」


コートを着ても入ってくるすきま風に、時々身震いをする。

「でもアスランが僕らの担任になるとはね〜」
「そうだな。」
「カガリは嬉しそうだね。」
「キラは嬉しくなさそうだな。」
「当たり前。いつかアスランを教壇で泣かす。これ僕の目標。」
「お前には無理無理。ラクスも落とせないようじゃ。」
「これからだよ!悪いけど僕、まだ諦めてないから。」
「一生かかっても無理な方に千円。」
「カガリ!」


空に出ている月が、二人を照らす。
道路の隅で、ひっそりと咲く藤の花があった。